会社員として働いている人の中には、「4月から6月に残業をたくさんして残業代が増えると、天引きされる額が増えて損になる」という話を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
残念ながらこの話は本当です。だとすると、一体どのくらい損になるのか、そもそもなぜ4月から6月だけがピックアップされるのかが気になる人も多いはずです。
この記事では、4月から6月に残業すると損になるからくりを紹介します。
損をする原因は社会保険料
会社員の給料はさまざまなものが天引きされていますが、4月から6月に残業すると損になる原因は社会保険料です。この時期に残業をして給料が増えると、社会保険料も増えてしまいます。
たまに「4月から6月に残業すると税金も増える」と勘違いしている人がいますが、税金はこの話とは別物です。天引きされる税金は所得税と住民税の2種類で、いずれも1年間の収入をもとに計算されます。たしかに残業代が増えると税金も増えますが、1年間の収入の合計で計算するため、4月から6月だけが特段取り上げられるものではありません。
社会保険料とは
社会保険料は社会保険を維持するために納付するお金で、会社員の場合は以下の3つを指すのが一般的です。
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
- 介護保険料(40歳以上のみ)
皆さんが病院に行ったときに払っているお金は実は請求額の3割だけで、残りの7割は保険料で賄われています。定年後の年金の給付や、介護が必要になった時のサポートなども社会保険の役割です。
社会保険料の金額は標準報酬月額で決まる
社会保険料の金額は、その人の給料の金額で決まります。たくさん貰っている人ほどたくさん社会保険料を納める仕組みです。
社会保険料の計算に使われるのが標準報酬月額で、標準報酬月額が高くなればなるほど社会保険料の金額も高くなります。これこそが、4月から6月に残業すると損になる現象の正体なのです。
標準報酬月額とは、その名の通り月額いくら貰っているかの値で、計算がしやすいように区切りが良いところで等級に分けています。
会社員として働いている人は、「標準報酬月額決定通知書」という月収くらいの金額と等級が書かれた謎の書類をたまに受け取っているかと思います。この金額こそ標準報酬月額です。
標準報酬月額の計算方法
標準報酬月額は、以下の計算方法で求めます。
(過去3か月分の給料の総額)÷3
ここでの「給料」は、基本給はもちろん残業代や通勤手当など、会社から労働の対価として受け取ったお金がすべて含まれます。
お祝い金や年3回以内のボーナスなどは例外的に含まれませんが、年3回以内のボーナスは別途ボーナス分の保険料の計算が必要です。
標準報酬月額が決まる仕組み
4月から6月に残業すると損になるのは、その時期に稼ぎすぎると標準報酬月額が上がり、社会保険料が高くなるからです。
では、なぜ4月から6月の給料だけが反映されるのでしょうか。その謎を解くためには、標準報酬月額の決め方を知る必要があります。
標準報酬月額が決まるタイミングと決め方
標準報酬月額が決まるタイミングは、大きく分けて3つあります。
- 資格取得時決定
- 定時決定
- 随時改定
資格取得時決定とは、その会社に入ったタイミングで標準報酬月額を決めるものです。まだ給料をもらっていないので、受け取るであろう給料を予想して標準報酬月額を決め、次の8月まで使います。
定時決定とは、会社で働き続けている人の標準報酬月額を決めるものです。毎年1回標準報酬月額を計算し、その年の9月から翌年の8月まで使います。
随時改定とは、給料が急激に増えたり減ったりした人の標準報酬月額を決めるものです。定時決定を待たずに見直す必要がある時におこなわれ、改訂された標準報酬月額を次の8月まで使います。
鍵を握るのは定時決定
勘の良い人ならピンときたかもしれませんが、この話の鍵を握っているのが定時決定です。
先ほど標準報酬月額を決めるのは過去3か月分の給料だと説明しましたが、実は標準報酬月額の計算をするのが7月1日と決められているのです。
7月1日の「過去3か月」は、まさに4月から6月にあたります。この3か月間の残業代が高かったばっかりに、年収が同じくらいの人と比較しても社会保険料が高くなってしまうケースもあります。
しかも、定時決定の標準報酬月額が使われるのは1年間です。時期によって忙しさに差がある人の場合、残業代が多い月でもほとんど出ない月でも社会保険料は変わりません。
残業代で社会保険料はどのくらい上がる?
では、4月から6月に残業が多い人の場合、社会保険料はどのくらい上がるのでしょうか。
4月から6月に残業が多く、それ以外の月にはほとんど残業がないAさん(39歳以下・東京都にある会社に勤務中)を例に考えてみましょう。
4月から6月の給料:月30万円(天引き前)
それ以外の月の給料:月22万円(天引き前)
なお、このシミュレーションは全国健康保険協会の令和7年度の保険料をもとに計算しています。計算で使われる数字は会社の所在地などによっても異なるため、気になる人は全国健康保険協会のホームページをどうぞ。
標準報酬月額を計算してみよう
社会保険料を計算するには、まずは標準報酬月額を計算する必要があります。
Aさんの場合、4月から6月の給料は(30万円×3)÷3=30万円です。30万円は健康保険の第22等級、厚生年金の第19等級にあたります。
ここまで黙っていましたが、実は健康保険と厚生年金では同じ標準報酬月額でも微妙に等級が異なります。でもそれほど大きな違いはないので、「ふ~ん」くらいに思っておいてくれれば大丈夫です。
ちなみに、もしAさんが1年を通じてほとんど残業しない場合、Aさんの標準報酬月額は22万円になります。この場合は健康保険の第18等級、厚生年金の第15等級です。
社会保険料を計算してみよう
ここからは、実際に社会保険料を計算してみます。なお、39歳以下のAさんは介護保険料は納める必要がないため、健康保険料と厚生年金保険料の2つを計算します。
まずは健康保険料です。健康保険料は、標準報酬月額に健康保険料率をかけた値を2で割ったものが我々が納める金額になります。健康保険料を2で割るのは、半分は会社が払ってくれるからです。
Aさんの場合は健康保険料率が9.91%なので……と頑張って計算してもいいんですが、全国健康保険協会の場合は一覧で全部表に出してくれています。第22等級のAさんが負担する健康保険料は月14,865円です。
厚生年金保険料も同様に計算します。こちらも半分は会社が払ってくれています。第19等級のAさんの場合、Aさんが負担する厚生年金保険料は月27,450円です。
それに対して、もしAさんの標準報酬月額が22万円だった場合、健康保険料は月10,901円、厚生年金保険料は月20,103円です。健康保険料と厚生年金保険料を合わせると、月1万円以上の差が出ます。
つまり、Aさんは他の3か月間で標準報酬月額を計算してもらえれば良かったものを、標準報酬月額の計算に使う4月から6月の残業代が多かったばかりに社会保険料が年間12万円以上高くなってしまったのです。
ピンポイントに4月から6月だけ残業しまくるのも難しいと思うのでかなり乱暴な計算になりますが、この結果だけ聞くと確かに損だと言いたくなる気持ちも分かります。
標準報酬月額が上がるのは本当に損しかないのか
標準報酬月額が上がると社会保険料の金額も上がってしまいますが、完全に損でしかないというわけではありません。
なぜなら、標準報酬月額が増えると健康保険の手当額や年金額も増えるからです。
たとえば、病気で仕事を休んだ場合、一定の基準を満たすと「傷病手当金」というお金が健康保険から支給されます。この金額は標準報酬月額を基準に計算するので、標準報酬月額が高い方が有利です。
現時点でメリットを感じるのは難しいかもしれませんが、いつか自分の身を助けてくれるかもしれません。
それで残業を減らせたら苦労してないんだわ
4月から6月は、年度初めということもあり忙しい人も多いかと思います。頑張って働いて稼いだのに損になるなんて言われたら、嫌になっちゃいますよね。損しないために残業減らせたら苦労しないんだって。
でも、忘れないでください。あなたが納めたその社会保険料で、日本のどこかの人が今この瞬間も救われています。名もなきヒーロー、ありがとう。
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